”墨 - Sumi - ”をテーマにした〈グラフペーパー〉の2024年春夏コレクション。
新シーズンのテーマを色濃く反映した服と共に展示するのは、インスピレーションの源となった、新城大地郎の作品。
新しい表現を試みた、プレゼンテーションについて、南貴之と新城大地郎、それぞれの視点で話を聞いた。
服とアートを同じ空間に展示するプレゼンテーション。
ー2024年春夏コレクションは、プレゼンテーションにもこれまでとは違った試みを感じられます。
南:たくさんのブランドがあって、それぞれがさまざまな表現でコレクションを発表していますよね。代表的なのがランウェイショーだったりするわけなんですが、〈グラフペーパー〉は、そういう服じゃない。他のブランドとは違う、もっと〈グラフペーパー〉らしい見せ方ってないかなと、ずっと考えていました。今回は、コレクション全体にコンセプトが行き渡って、全部が合わさってひとつの作品になっているように感じられたんです。それならば、“墨”にインスピレーションを得て作った服と、墨を使った作品を同じ空間に展示してみたらテーマがより強く伝わるようになるんじゃないかなと思いついて。
ー展示されているアートピースの作者について教えてください。
南:沖縄・宮古島を拠点にして、“書”を軸とした創作活動をするアーティスト、新城大地郎さんの作品です。僕が“黒”や“墨”について、掘り下げている時に、共通の知人を通して出会いました。次のコレクションの構想を話したら、宮古島のアトリエに招いてくれて。そこでは、彼が手作りした墨と一般的な墨の違いについて教えてもらったり、作品制作を見せてもらったり。すごくいい刺激を受けました。今シーズンのコレクションに大きな影響を与えてくれた、インスピレーション源の1人です。
墨を手作りするアーティスト。
ー今回の展示はどのような経緯で実現したのでしょうか。
新城大地郎(以下、大地郎):南さんと出会ったのは、昨年、京都で展覧会を開催した時です。もともと〈グラフペーパー〉の服は着たこともあったし、もちろん南さんのことも知っていました。彼の中で今回のコレクションの構想があって、僕の展覧会にも足を運んで作品を見てくれていたみたいでした。そして、墨に興味があると聞きました。僕は3年ほど前から、墨を手作りしていたので、だったら、その制作過程や環境もぜひ見てみませんか、という感じで話が始まりました。
ー墨は自分で作ることができるんですか?
大地郎:できます。ただ、自分で作っている人は珍しいかもしれませんね。最初は出来上がったものを買っていたのですが、墨や墨液はとても高価なんです。僕は大きな作品を制作することが多いし、使う量も多い。それで、原料の煤(すす)と膠(にかわ)を三重の墨屋さんから仕入れて自作してみることにしたんです。
ー大地郎さんの作品制作は墨作りからスタートするんですね。
大地郎:作り始めたら面白かったんです。買ってしまえば、楽だし、綺麗でバランスのいい墨はたくさんあるんですが、手作りゆえのアンバランスさにすごく魅力を感じて。市販の墨は保存料が入っているんですが、僕の墨は生モノなので腐るんです。保存がきかないんですが、その分、フレッシュな強さがある。あと、作品に対峙する時間が長くなるので精神的にも思い入れが強くなります。市販の墨を使っていた頃よりも、作品の強度が増していると感じています。色でいえば、黒1色。油絵や彫刻のように、時間を重ねて作品を作るわけじゃないし、シンプルな表現だからこそ、素材に向き合うのは大切なんじゃないかなと。それこそが、作品の強さを増すのだと考えています。
ー筆致や構図の大胆さに目を奪われがちですが、よく見れば黒い部分の濃度やボリュームに強弱があるのですね。
大地郎:膠は、鹿や牛、うさぎといった、動物の皮、腱(けん)、骨、結合組織などを煮込んで濃縮したもの。煤だけでは紙に定着しないので、膠を混ぜて粘度を高めるんですが、ものすごく強くてキャンバスが反ってしまうくらいなんです。その引っ張る力は数値化が難しくて、コントロールもできない。でも、膠の量を増やすと立体的な線が出たり、濃くなったりすることはわかっていて常に試行錯誤しています。
ー墨をのせる、キャンバスや紙も特別なものなんでしょうか。
大地郎:キャンバスは麻布のキャンバスです。ゆっくり筆を動かして、染めるよう書いています。紙は職人さんが手漉きした大麻紙で、こちらはすごく吸収率がいいです。さらっと書くと全部かすれてしまうので、こちらもゆっくりと染み込ませるように書いています。素晴らしい紙なんですが、和紙の需要低下や作り手の後継者不足で生産に課題を抱えています。このままでは近い将来、失われてしまうかもしれないというものです。高価なものではありますが、失われて欲しくない気持ちを込めて大切に使用させていただいています。
ー作品のモチーフを解説していただけますでしょうか。
大地郎:小さな作品は「美」という文字です。僕が好んで使うモチーフで、人と人が抱擁をしているような造形をしています。平面作品ではあるのですが、今回のプロジェクトでは、墨が衣服になり身体に“纏う”ことを想像しました。
Untitled, 2024 Sumi ink on paper
Motif 美
麻紙 970 × 620 mm
大地郎:一方、墨を突き詰めて考えると、墨じゃない部分に意識が向きました。黒を見ながら白を見ているというか。黒とは何もないゼロ=「空」だと思っていて、「空」の中に、どうやって「空」以外を見出すか。南さんも、黒から見た景色を考えていたと思うので、「空」という文字をモチーフにしました。
Untitled, 2024 Sumi ink on paper
Motif 空
麻紙 Sumi ink on paper
620 × 970 mm
大地郎:大きな作品は“点”の旧字体の「點(てん)」です。黒い点なんですが、もしかしたら穴だったり、あるいは円だったり、球だったり、いろいろと解釈できる。そういう禅的な問いを与えてくれるモチーフです。
Untitled, 2023 with frame
Sumi ink on linen canvas Motif 點
キャンバス80号
1500 × 1500 × 45 mm
大地郎:「紡」は制作の最終日に衝動的に書いたものです。南さんが作った、黒い糸を紡いだ服が並ぶことを想像して書きました。
Untitled, 2024
Sumi ink on paper
Motif 紡 麻紙
940 × 1940 mm
大地郎:ブラック・オン・ブラックの作品は、麻布のキャンバスを薄い墨で染めて黒いキャンバスを作って、その上から厚みのある濃い墨で「在」と書きました。角度によって見え方が変わるんですが、黒の中にまた違う黒がある、深みのある作品にしたくて制作しました。
Untitled, 2024 with frame
Sumi ink on linen canvas
Motif 在
キャンバス80号
自然のままのアンバランスを肯定したい。
大地郎:濃い部分にはクラック(ひび割れ)があって、一般的にはNGって言われることも多いんですが、自分的には自然なことなので、美しさと捉えてそのままにしています。
ーこれも手作りでナチュラルな墨を使っているからなんでしょうか。
大地郎:市販されている、バランスの取れた墨ならクラックは防げるのですが、僕はアンバランスを肯定したい。それぞれ個性があるし、特性がある。それを受け入れながら作品を作っていきたいんです。
ー〈グラフペーパー〉の2024年春夏コレクションとリンクするお話ですね。〈グラフペーパー〉の服と大地郎さんの作品が同じ空間に展示された理由がよくわかりました。
大地郎:南さんから「こういう作品を作って欲しい」というような要望は一切なくって、そこはお互いの信頼関係で成り立っているという感じです。“墨”と向き合うのは、自分が普段からやっていることだし、作品が服になるわけでもないので、自由に、スムーズに作品制作に臨めました。僕のスタジオまでわざわざ足を運んでくれて、長く滞在して、お互いの感覚の交換ができたのが良かったんだと思います。僕の表現を知ってたからだとは思うんですが、僕自身は作品として墨を作ってはいるけれど、墨作りのプロではないので。南さんが伝統的な老舗の墨屋さんに行っていたら、また違ったアウトプットになっていたかもしれませんね。