
“これは個人の感想です”。リスク回避のそんな文言が溢れる時代にあって、責任あるものづくりの意義は、きっと前にも増して深くなった。それは、デイリーウェアにおいても同じこと。ノーマルエキスパートは長年スポーツメーカーでテックウェアの開発に従事してきたデザイナーが現代人の日常で本当に必要な機能を追求し、それをウェアに落とし込むインディペンデントなブランドだ。数値やエビデンスと向き合い、ひたすらテストを重ねてつくられるプロダクト群には遊び心と知恵が詰まっている。そんな注目株に、グラフペーパーが春夏のワードローブを別注したコレクション。涼しく快適、それでいてモダン。そんなつくり手の超個人的な感想に、きっと洒落者たちもうなずくはず。生まれた企画の舞台裏を、ノーマルエキスパートのデザイナーに訊く。
Interview & Text Rui Konno
―最初にノーマルエキスパートというブランドがどうやってできたのか、改めて聞かせてもらえますか?
はい。僕は元々、スキーウェアなんかをつくっている日本のスポーツメーカーにいて、生産部で開発に携わってたんです。その会社がコロナのときに解散したので、自分でその続きをやっているような形です。ただ、スポーツブランドにしたくはなかったから、切り口を変えて。
―スポーツブランドにしたくなかったのは、どんな理由で?
前職時代に「高機能な服だけど、普段使いにはどうなんだろう?」と思うことが多かったからです。“耐水圧が20,000ミリメートルの防水・透湿素材”って言っても、いつ着るんだって言われたら、日常ではなかなか機会がないじゃないですか。
―過酷な自然環境下にずっといる人は珍しいですもんね。
ですよね。僕のリアルで言えば、フジロックに行くときに忍ばせていくとか、庭仕事で豪雨のときに着るとか、今のところはそのくらい。例えばスノースポーツのガイドをやってる人だったら、山でピーカンの日もドカ雪の日もあるだろうし、年間80日とかの期間はそういう環境にいると思うから、やっぱりハイスペックは必要です。でも、自分自身の生活に当てはめるとそれは要らないなと。
―むしろ、性能をフルに発揮さあせてあげることが難しいかもしれませんね。
山を趣味にしている人はもちろんそれでいいと思います。でも、機能のメリットが得られれば着心地のデメリットが生じたり、何事にもやっぱりバランスはあって。そのことを自分でも忘れないように、普通のときのエキスパートを目指そうということで、“ノーマルエキスパート”という名前にしました。
―エクストリームのエキスパートではなく、ということですよね。それでも、やっぱりノーマルエキスパートのウェアも、テックウェアという見方をされることは多いんじゃないですか?
実際にテックウェアに当てはまるとは思うし、カテゴライズが嫌いというわけでもないんですが、もっと本質のところを見てほしいなという気持ちはあります。例えば大手のスポーツメーカーではあまりやらないような綿100%の上下をつくったりしているのは、やっぱり従来のテックウェアへのカウンター的な考え方からです。化繊は環境変化が起きたときには効果を発揮しやすいけど短時間で汗をかきやすく、僕は乾燥肌なので着ていて痒くなることもよくあって。そういうふうに細かく見ていくと、やってることがちょっと違ってくるんです。
―実際のプロダクトはアイテム自体もそうですが、モデル名がすごくユニークですよね。“365パンツ”、“300ブルゾン”といったふうに。

-300 BLUSONと365 PANTSのコンセプト

-300 BLUSONと365 PANTSに採用されているリサイクルストローナイロン(空洞化したナイロン糸)
そうですね。発端はこの365パンツの黒い生地です。ナイロンの中空糸っていうストロー状の糸を使った生地なんですけど、実験用に裁断して縫って、使ってみたら濡れても乾くまでがすごく早かったんですよ。通常のナイロン以上に。洗濯して、考えられる一番悪い条件として無風状態の冬の夜中に洗濯して室内干しをしたんですけど、それでも完全に乾くまでに5時間を切っていて。それで、「これは365日行けるぞ」と。まず、このパンツがそうやってできたんです。
―汗をかく日も着ていて快適で、洗ったら翌日また着られる、ということですね。
そうです。300ブルゾンについても生地は同じで、真夏以外の300日着られるというイメージです。これを開発したのが2022年だったんですが、気象庁が過去の気候のデータを載せていて、その年は平均気温が25度以上の日を計算したらちょうど65日あって。自分では平均気温が25度以上の日は特に暑く感じていたんで、365からその65を引いて300としました。
―ラグラン袖とボディとの切り替え部分はポケットになってるんですか?

ポケットにしてます。ワイヤレスイヤホンとか目薬とかリップクリームとかを入れるイメージで。大きいポケットに入れちゃうと、結構迷子になって手探りしがちになるじゃないですか。あの手間が嫌だなとずっと感じていて。整理するのも得意じゃないから、そのために小さい居場所をつくった感じです。
―逆にフロントポケットは大きいですよね。

僕がiPad miniをよく使っているんですけど、ここはそれを入れられるようにしてます。普通のiPadとかノートPCとかになると重くて入れたときにかなり引っ張られちゃうので、それはバッグに任せようと。丈が短めなのは、そのまま座ったときに干渉しないのが理想なので、その使い勝手でバランスを決めました。
―グラフペーパーの別注版だと、そのシルエットがかなり変わってますよね?

インラインは割とコンパクトなんですけど、別注モデルはかなり大きめのサイジングにしてます。僕らも見たことのないパターンだったので探り探りやったんですが、上がってきたらすごい雰囲気があるなって。
―ベンチレーション内がメッシュになっていて、涼しそうですね。

風が抜けるようにしています。僕がかなり暑がりで汗をかくんで、ノーマルエキスパートではとにかく涼しいを極めてやろうと思って。65シャツと65パンツをつくるにあたっては、“白は涼しい”ってよく言うけど、実際どのぐらい涼しいんだっていうのを確かめようと。-NORMAL EXPERT for Graphpaper ”OVERSIZED 65 SHIRT WHITE”
―さっきの特に暑い65日用の2モデルということですよね。
はい。それで、サーモカメラを使って実験したんです。建築用のやつが一番精度が高かったので、それを使って。

-サーモカメラを使用しての実験
―そんなにシビアに検証されたんですね!?
そうなんです。で、実際にウェア使う生地を1、2メーターずつ置いて撮りました。左側がその生地の候補ですね。で、日向に置いて10分、20分、30分と経ったのが右の画像です。暗いところが温度が低くて、やっぱり白い生地がダントツで温度が低かったんです。10分くらいまでは黒がすぐに熱くなっていって、それ以降はグレーも黒も熱くなり方はあまり変わらないっていう結果でした。最終的に一番熱い部分は68.8℃になりました。
―かなりの高温ですよね。衣服としては。
それで白の上下をと考えたんですけど、パンツの白はやっぱり汚れやすくて透けやすいじゃないですか。それで難しいなと思ったんですけど、黒でも肌との間があるとあまり熱を感じないっていうことに気づいて。それでパンツはかなりゆったりとした形で黒にしたんです。ここで検証しているグレーが、グラフペーパーの別注色ですね。10分以内の温度変化を考えると、65日のコンセプトのままでいけるとわかったので。

-65 SHIRTと65 PANTのコンセプト
―シャツも別注版はサイジングが大きくなっていますよね?
そうですね。パンツは元々がかなり太めなので、シルエットはそのままです。このシリーズは綿100%なんですけど、シリコンを染み込ませてあるんです。だから、濡れてもすごく早く乾きます。一般的にコーティングだと表面に吹き付けるんですけど、これは染み込みなので着込んで洗っていっても速乾性が落ちにくいんです。

-NORMAL EXPERT for Graphpaper ”OVERSIZED 65 SHIRT GRAY”-NORMAL EXPERT for Graphpaper ”65 PANTS GRAY”
―一見テッキーではないですけど、機能的な生地なんですね。

これは三政テキスタイルっていうシャツ生地に強い生地屋さんで見つけたんですけど、200番手っていう超極細の糸を使っていて。いくつか生地のスワッチを並べて、とりあえず水をかけてみたら、「これだけ乾くのがやたら早いんですけど、なんでですか?」となって。聞いたらシリコンを染み込ませてますと言われたんです。「乾燥速度を気にしてこの生地を選ぶ人は初めてです」って言われましたけど(笑)。
―(笑)。オーバーサイズの上下になると、ちょっと袴のようなボリューム間で新鮮ですね。
そう思います。でも、和服のそういうゆとりもやっぱり理に適っていて、高温多湿の日本にはやっぱり向いているつくりだなと思います。
―そういう考察と検証で、ノーマルエキスパートのプロダクトはできていくんですね。
とりあえずつくってみては着てますね。日陰と日向、歩きと自転車とか。あとは静止してるときに扇風機の前に立って、風がどんなふうに抜けるのかとか。365日テストしなきゃと思ってそんな感じでやっているので、365シリーズは素材から製品化までに1年以上はかかりました。今のところ、これがベストだと思っています。
―ディテールのパーツ、いわゆる付属も見たことがないものが多いんですが、これもオリジナルで制作しているんですか?

オリジナルも多いです。シリコンのブランドネームは定規になっていて、6cmまで測れます。服飾の小物って大体この寸法で収まるので、メジャー代わりに使っています。目盛りがはっきり見えすぎたりしたので、4回つくり直しました。
―でも、ノーマルエキスパートの服ってそういうサインや記号はかなり控えめですよね。
普段使いすることを考えると、できるだけ主張がない方がいいなと。とは言え、やっぱり世の中にモノが溢れている中でこのブランドだとわかる方が強いなと思って、ここに落ち着きました。今はトップスにだけ付けてます。片手で締められるドローコードのストッパーは、付属メーカーと共同開発したのもので、365ブルゾンのこのシリコンガレージもオリジナルです。
―ジッププルをしまう部分のことですか?

そうです。ジップを開け切ったときにニットとかに引っかかったり、バッグを傷つけたりっていうことがあったので。逆にジップを閉めるときのためにスライダーには持ち手をつけてます。今日持ってきたのが、そういう付属をつくるときのアイデアの元になったりするものなんですけど、こういうものを集めるのは幼稚園くらいからの癖で。
―唐突に置かれていたので、何かと思いました(笑)。

(笑)。これはネスレのチョコマーブルが入っていたケースです。スペインの空港のお店でレジ横に置いてあって、「何だこれ?」ととりあえず買って。スライドして開ける仕組みで、これって日本にはあまりないよなと。この瓶はコンタクトレンズが入ってたもので、ガラスとシリコンと金属っていうふうに、質感が全部バラバラなのに収まって見えるのがおもしろいなと。

―こういう付属類もそうですけど、素材や生地までイチからつくるのはおもしろい反面、労力も大きいんだろうなと思うんですが…。
でも、例えば普通のブランドでも、すでにある機能素材を買って縫ったら、もう機能的なウェアとして押し出せるわけじゃないですか。そことの差別化をするときに、開発ができるっていうのはひとつの武器だなと思っていて。前職のスポーツメーカー時代に、予算もあまりかけられない中でも新しいものをつくるために、アイデア出しをずっと自分でやってたんです。それを続けてると、工場の人も「これ、おもしろいですね! やり方、探してみます!」とかって言ってくれるようになって。僕がアイデア出しとデザインまでは0円でやるから、その代わり資材メーカーさんに開発費は持ってもらって、供給してもらうとか。ものづくりとしてはそのときの環境がそのまま続いていて、ステージだけ変わった感じです。
―その背景はなかなか他社が真似ようと思っても難しそうですね。
そういうところって、普通は大手のスポーツメーカーとかとしか取引がないんですよ。だから、アウトドア系のガレージメーカーさんとかを取り扱ってくれないような背景も僕は使えて、それは強みだと思ってます。ガレージブランドが使えない生産背景、大手じゃやれないアイデア、ファッション系じゃできないアプローチっていうのの中間地点にいると思っていて、そこで遊び心全力でやりたいなと。
―でもそうしてこだわった機能やスペックなのに、それをあまり声高に叫ばれてはいませんよね?
ブランド名や商品のネーミングもそうだけど、1から100まで説明するのはちょっと野暮ったいなって。ただ、ハイスペックを謳って「えっへん!」みたいなのも嫌だけど、印象には残って欲しいなと思って、今はチェックリストのような形になりました。
―ちょっとシュールですけど、モノの個性がすごく伝わりますね。
こういうウェアに共感してくれる人って、そもそも共通言語を持ってる人だと僕は思うんですよ。その中でも、ただ与えられただけの情報だと印象として残らないけど、ユーザー側が自分からそれを取りに行ってくれたら、それが経験として残るじゃないですか。ずっと長くものづくりに携わってきたけど、袖を通したくなる服とそうじゃない服があるんです。それで、「着てみたい」と思えるって、それは心が動いたっていうこと。それが僕にとってはいいものの条件で、そのために足を踏み入れられる分だけの隙間は、残しておきたいんです。
発売日
2025年4月5日(土) 12:00~
※店頭・WEB STORE同時発売
NORMAL EXPERT
デザイナー
1982年生まれ、福島県出身。アウトドア好きだった父親の影響で幼少期から始めたスキーが、スポーツやテックウェアの原体験。ストリートブランドの販売やOEMの企画会社でのグラフィックデザインなどを経験したのち、スポーツウェアの開発に長年携わる。コロナ禍による会社の解散を機に自身でものづくりの構想を固めてゆき、2024年にノーマルエキスパートを立ち上げた。