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グラフペーパーのベーシックアイテム、その不変のコンセプトは“普通である”こと。
それは決して無難になってはいけないし、退屈なんてのはもってのほかだ。
過剰に意識されるような存在感は敬遠しつつ、ふと思い返した時に
洗練を感じられるような、そんなさじ加減がちょうどいい。
無地で丸胴、コットン天竺ボディのモックネックTは、
誰が見たって崇めるような特別感はきっと覚えようがない。
だけど、一度袖を通したらそのバランスと着心地の良さが、
他では替えの効かないものだと気づくはず。
無意識の良品を是としてきたためか、
長らくつくり忘れられていたという晩成のスタンダード。
ついに加わった新定番のビハインド・ザ・シーンとは。


Photographer: Junpei Fukushi
Text: Rui Konno



―今までクルーネックのTシャツやロンTはずっとありましたけど、モックネックは昨シーズンから加わった比較的新しいモデルですね。何か理由があったんですか?

:忘れてたんだよね。つくるのを。

―……「満を持して」とか、「構想○年、遂に完成!」みたいなことを期待してたんですが。

:いや、これは完全につくり忘れてました。僕、モックネックが大好きでよく着てたんですよ。なのに、何で今までこれをつくってなかったんだろう? って。

―ということは新しいのはこの形で、生地は従来のクルーネックTとかと一緒なんですか?

:そうそう。これも今では色んな人に知ってもらえてリピーターも増えたんだけど、最初の頃はヘインズのとかと何が違うの? ってなるワケ。だけど実はすごく大変な手法でつくられてて。ゆっくり回る吊り編み機で、極限まで度を詰めてるの。




―ゆっくり編む機械なのにわざわざギチギチに……?

:だから究極に度を詰めてもこの程度の硬さなんですけど、“この程度”がちょうどいいんですよ。シンカー(編み機)だともっと打ち込めるんだけど、目は詰まってるのにフワッと柔らかいこの感じはやっぱり吊り編み機ならではの良さだよね。ガチガチに硬い生地だとそれもまたストレスになっちゃうから。フワッとモチッとしてて透けない、一枚で着られるコットン天竺です。

―その生地でモックネックをつくったんですね。

:実は前に別の生地でモックネックをつくったことはあって。コレクション用にワンシーズンだけ。それを着て「定番にしてください!」とかって言ってくれるお客さんもいたんだけど、それは今のカットソーとは別の機屋さんとつくってて、そこがもうつくれなくなっちゃったの。それがグラフペーパーにしばらくモックネックが無かった理由かな。

―今回のはつくろうと思ってからすぐに完成したんですか?

:いや、やっぱりつくるとなると面倒くさいヤツなんで。僕は。世の中には色んなモックネックがあるじゃないですか。それで、どういうネックが一番きれいに収まるのか、何度も検証して。

―ネックのリブ幅が難しかったんですか?

:幅もそうだし、何度も着込んだ時にへたらないかとか、首に添いすぎても頭が入らないしとか、そういうことも。リブのテンションがすごく大事なんですよ。これ、ボディを編んでるのとリブを編んでるのが別の工場なんです。








―1着のロンTでパーツごとに工場が違うって、そんなことって結構あるんですか?


:あんまり無いよね(笑)。産地は同じで和歌山なんですけど、和歌山の機屋さんってみんなすごく仲がいいんですよ。他の場所だと機屋さん同士が結構ライバルって感じがあるんだけど、和歌山の機屋さんたちは一緒にご飯食べに行ったりしてて。ネック部分を編んでるのは僕らがアニキって呼んでる人で、小寸といって小さい寸を専門に編んでる所。ボディを編んでくれてるのは元々ループウィラーにいた方なんですよ。

―やっぱりこのネックをつくるのにもワガママを言われたんですか?

:はい(笑)。「モックって、ネックが内側にくるまってくるヤツがあるじゃない? あれが気に食わないんですよね」って言ったらアニキが「じゃあそうならないヤツ、やったらぁ」って。そしたらその後、うちの生産担当が「ハンパじゃねぇッス……」って編み上ったリブを持ってきて。「何度着込んでも洗濯しても、それでもくるまったりしないんです」って。アニキ……! みたいな。

―アニキさん、超シブいですね。『下町ロケット』みたいな。

:ホントそんな感じだよ。ウチはパックTも定番だけどずっと同じじゃなくて、気に食わないところがあると修正してるんだけど、今のところはリブの問題も全部解消されたバージョンになってるの。それもそうなるタイミングでアニキに首のところを編んでもらって。意図を伝えたら完璧に仕上げてくれた。さすがアニキ。



―具体的にモックネックのリブをどうしたら南さんの理想の感じになったんですか?

:それは多分、その人にしかわからないと思う。僕も伝えてるのは技術的なことじゃなくて、「こうなって欲しくない」とかっていうことだから。丸まって欲しくない、立った時のテンションは保ちつつ、何度も首を通しても変形しないで欲しい、ヨレにくくしたいとか。縫製のテンションについても引っ張りすぎないで欲しいとかね。そういう細かいことをたくさん言うんだけど、このカットソーに関わってる人たちはみんなプロ根性がすごいので、僕なんかよりさらに細かいんですよ。そういう人たちが一流の仕事を見せてくれて、うちの服はできてる。だから僕なんてほとんど何もしてないよ。やってるのは職人さん。お寿司屋みたいな感じで、素材の時点でデザインが70〜80%は決まってる。この素材の良さが一番わかるシンプルなものを作るのが一番美味しいでしょ、っていう。

―やっぱり無添加が一番なんですね。

:うん。ソース付けたりしちゃダメなんだよ。塩くらいで良いんだって。




―これもサイドにシームがありませんけど、やっぱりボディは丸胴にこだわってるんですか?

:吊り編み機でつくってるから解反しないでつくるとこうなるんだけど、脇にシームが当たらない方がやっぱり良い。でも、縫製があるとチクチクして痛いとかっていうのはどちらかと言うと下着とかみたいなフィットする服の話なんだよね。フィットしないからさ、うちの服。特にオーバーサイズの“サイズF”って呼んでるヤツには24寸っていう、普段はまず動かさないようなデカい設定の機械を使ってて、僕らのために動かしてくれてるんです。

―そうか、吊り編み機の丸胴仕様だとボディの大きさがそのまま機械の動きの大きさになるわけですね。

:そうです。最初は24寸なんてそんなデカいの、わざわざ設備を用意して調整して使えるようにするのは大変だから……って断られちゃって。「(サイズ1、2に続く)3くらいのサイズで良いじゃん」って。でもそこは「(もっと大きい)24寸で……」って何回も言って。




―先方が根負けしてくれたと。いつものパターンですね。

:「こんなデカい寸のやつ、最初だけちょっとやってその内止めるとかだと困るんだけど」って言われたけど、「やり続けます! 僕がどんなに痩せても!」って何とか口説いて、今では実際にずっと機械が回ってます。

―それを言った時って工場の方はどんな顔されるんですか?

:痩せることは無さそうだなって顔してたね。

―(笑)。そう言えば首の内側のプリント、ずいぶん長いですね。今気付きました。

:これ、インナー無しの1枚で着る想定でつくってるから首のネームがタグじゃなくてプリントなんだけど、脇にシームがないから洗濯表示がつけられないんですよ。だから首に全部まとめちゃってる。やっぱりここにタグがついてると痛かったりするじゃん。あれが嫌だから。これもプリントにするとプリント屋さんに回さないといけなくて大変みたいなんだけど、そこは譲れない。




―シンプルな無地Tなのに、知ると色んな人たちの苦労がにじんで見える気がします……。

:ホントだよね。皆さんがいなかったら僕らはものがつくれないからね。今はコロナで行きにくいんだけど、できるだけ毎シーズン生産の現場に行って、コミュニケーションを取るのがすごく大事だと思ってる。これが誰の服なのかって考えてもらうために。色んなブランドとかの仕事をやってる人たちだから。ただ“発注が来たからつくるか”っていうのと、“南くんの服だ”と思ってつくるのとじゃ、絶対に違ってくると思う。意外とそれって表に出るんだよ。

―やっぱり人間のやってる仕事なんだなと感じますね。

:その人たちがもっと良いものを作ろうとして提案してくれるから、僕らの定番もアップデートできてるしね。決して効率が良いとは言えないことをやり続けてくれてる人たちなので、そこに対して僕らができることはちゃんと商品を売ってお金にして還元してあげることだけ。ベーシックな品番のものの場合、生地を大きく変えたりでもしない限りはセールしたりしないし、物の価値を下げないのも僕たちの仕事だと思ってる。


―無理難題にそれ以上のクオリティで返された時はやっぱり感動しますよね。

:うん。もうホントに神だよ。日本はすごいよ、神だらけ。グラフペーパーの服はみんな神様がつくってくれてるから。



―このモックネックTもリブとボディで違う神様がつくってるわけですもんね。

:そうそう。この記事ではそういうことも伝えたくて。普通は表には出てこないことだけど、その背景を伝えることによって捨てられないものになって欲しいし、大事にして欲しい。今はサスティナブルだとかってみんな言うけど、それってこういうことなんじゃないかなと僕は思います。





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